私の出産ストーリー 胎児心臓エコー、大学病院へ通院、急遽帝王切開へ・・・!

妊娠して最後に迎える大イベントが出産です。どんなお産になるのかは人それぞれ全然違うものですが、予定日が近くなるとママはそわそわしてきますよね。
今回は私の出産ストーリーについてお話したいと思います。

①9ヶ月で胎児心臓エコーを受ける事に


私の出産予定日は2月の終わりでした。
妊娠後期に入りかなりお腹も大きくなり、順調に成長していると思いそろそろ安心感も大きくなってきていた9ヶ月の頃、私は病院の先生に「任意で胎児心臓エコー専門の先生の診察を受けられるけどどうする?」と言われました。
それまで妊婦健診で特に異常を言われた事もなかったですし、妊娠初期に出生前診断を受けており染色体異常はない事はわかっていた為、それほど心配はしていなかったのですが、念には念を入れる性格なので「せっかく受けられるのなら」という思いで受けてみる事にしました。
担当の先生は小児科の先生でした。見えにくい所もあったようでかなり長い時間をかけて診ていたり、赤ちゃんが動くのを待つ為に少し散歩してくるように指示をうけ時間が経ってから診たりと時間はかかりましたが「特に異常はありません」と言われて私は安心して帰りました。

②安心していたはずが、青天の霹靂

その次の妊婦健診の日、私はもう一度心臓エコーを診させてほしいと先生に言われました。異常はなかったはずなのに何故だろうと思いましたが、また受けに行くと前回と同じように先生は念入りにしっかりと診ておられました。
そして、赤ちゃんが大きくなりすぎてしまってうまく全部が診られないところがあるので正確性に欠けるのだが、ある心臓疾患の可能性があるという事を告げられました。
私はこの病院には出産での転院の為に30週を過ぎてから来ていたので、その頃には検査を受けるべき時期より少し遅くなってしまっていたようです。そしてその病気だった場合はお腹の中では問題がないが、産まれてからは手術が必要になる事ともっと設備の整った病院での出産が望ましい事を告げられ、とりあえず大学病院で改めて検査を受ける事になったのです。

③そして大学病院へ


大学病院では胎児心臓エコーの先生の他に産婦人科の先生と、小児科の先生が二人立会い超音波検査が始まりました。専門用語が飛び交っていたので何を話しているのかよくわかりませんでしたが、どうやら大丈夫と言うには十分ではない微妙なラインのようでした。最終的には産まれてから赤ちゃんに直接超音波検査をしないとわからないとの事でしたが、それをするにはある程度大きな環境の整った病院が望ましいという事で、もう臨月に入るギリギリの時期でしたが私は更にこの大学病院に転院する事になりました。

④大学病院での通院が始まる

心臓エコーで所見が見つかっていたものの、私は無知でしたのでよく理解していなかったのもあり、あまりそれについて深刻には考えていませんでした。週一回ある妊婦健診では元気な赤ちゃんの姿が見られていましたし、転院先の大学病院がとても良かったので安心していたというのもあります。
生産期になってからは陣痛を促すというラズベリーリーフティーを飲んだり、アーモンドオイルを使った会陰マッサージをしたりおっぱいマッサージをしたりしながら、いつ産まれてくるのかなとドキドキしていました。
しかし噂に聞く前駆陣痛のようなものもなく、お腹を見てもなかなか赤ちゃんが下がってきている気配はありません。39週で受けた妊婦健診でも先生から「まだ降りてきてないね」と言われており、既に赤ちゃんは3000グラム程になっておりましたし私の身長を考慮するとそろそろ産みたいねと言われており、その日は通称「内診グリグリ」と呼ばれている卵膜剥離をしてもらいました。これは痛いという声も多いですが、私はそれほど痛みは感じなかったです。先生が上手だったのかなと思いました。

⑤まだまだだと思っていたのに急に陣痛の始まり

39週で妊婦健診を受けた日は主人が仕事で大きなプロジェクトのある日でした。この日までは忙しく帰りが遅い事が続いていたので、できればこれが済んでから産まれてきてほしいよねなんて夫婦で話していました。
夜遅く主人が帰宅してお疲れ様を言った後、お腹が痛くなってくるのに気付きました。キューっとするような痛みであれ?と思いましたが、その日妊婦健診でまだ下がってきていないと言われていましたし、前駆陣痛も来た事がなかったので「まさかね」と思ってベッドに入りました。
お腹の痛みはだんだん増してきているようで、強くなったり弱くなったりの繰り返しでなかなか寝られません。「まさか本当に陣痛?」と思い、陣痛アプリで時間を測ってみるとだいたい五分間隔でした。初産は5分間隔になれば病院に電話と言われていましたが、痛みが和らいで来たので1時間程眠る事ができました。
起きると1時半頃で、痛みはまだ続いています。とうとう病院に電話をかけてみましたが、私が「先程、一時間くらいは楽になったが五分間隔で痛みが来ている気がする」という曖昧な言い方だった為か「もう少し様子を見てみて下さい」と言われました。
それからもずっと計測を続けましたが痛みは強くなっていき、5分間隔で続いており全く眠る事ができずとうとう朝の4時になりました。そこで再び病院に電話をしたところ、「来て下さい」と言われ病院に向かいました。

⑥そのまま病院に入院へ

病院についてすぐにNSTがありました。やはり五分間隔で陣痛が来ていたのでそのまま入院となりました。
いよいよだ!と思うとドキドキしました。その時はまだ耐えられる程度の痛みでしたし、今思えばすごく浅はかだったのですが、私は結構痛みに強いので自分は割と平気なんじゃないかな?と思っていたり「どんな痛みなんだろう?」と少しワクワクする余裕まである程でした。
担当の助産師さんがついて下さる事になり挨拶をしましたが、ベテランぽい方だったので安心感がありました。そして7時頃、付き添ってくれていた主人が仕事の為一旦帰る事になったのですが、実はその時既に主人は先生から「もし帝王切開になる場合はすぐ来てもらう事になるので必ず電話を取れるようにしておいて下さい」と言われていたそうです。そして私は看護師さんに「朝食が出ますけど和食と洋食どちらがいいですか?」と聞かれたので楽しみにしていたのですが何故か朝食は出てこず、助産師さんに聞くと「万一帝王切開になる場合は絶食が必要になるから、もう少し様子を見て先生の指示を仰いでからね」と言われたので正直なんで!?と思いました。
他の人の出産体験談を読むと、出産は体力勝負だから食べておく事が大事だとか食べた方が陣痛が進むとか言われているのにどうして!?と思ったのですが、今思えばもしかしたら私の場合は赤ちゃんの心臓に所見があったので、病院としては少しでも何かあったらすぐ帝王切開にする流れに決まっていたのかな?と。あくまで推測ですが。
私は下から産みたかったですけど病院は母子共にリスクの少ない方法を取らなければならないですもんね。
そしてとりあえず陣痛は続いていたので、痛みの逃し方や赤ちゃんが降りてきやすい体制などを助産師さんに教えてもらいながら空腹ながらも頑張る事にしました。

⑦なかなか降りてこない赤ちゃん

赤ちゃんの心拍数はモニター画面ですぐわかるようになっていて、この数値がこれより下がると良くない…というような事を聞かされていたのでそれを意識して呼吸法を行なっていました。
痛み逃しは噂に聞いていたテニスボールが最強でした。腰をグリグリするととても楽になり、持ってきて正解だったと思いましたし看護師さんも上手にさすってくれていました。
同じように陣痛に耐えている人が同室に二人ほどいたのですが、かなり叫び声をあげていたのに対して私はまだ落ち着いていました。というのがなかなか赤ちゃんは下がってきていなかったようで、お産の進みが遅かったみたいです。
私は身長が低く骨格も小さいです。それに対して赤ちゃんは3000グラムを超えていたので少し不安ではありましたが、それが原因かはわからないものの、なかなか思うように降りては来ません。心拍数はいい感じでしたが、なかなか進まない為なんとなく助産師さんや先生も気にし始めてるのかな?という感じはありました。
昼過ぎになり主人が戻ってきましたが、まだあまり降りてきていませんでした。どれだけ降りて来たかを確認するのって助産師さんが手をグッと入れて内診をするのですけど、これがなかなか痛くて、陣痛の痛みも加わって結構辛くなってきました。
しばらくしてトイレでいきみたくなるような感じがあったので助産師さんに言いましたが、多少は降りてきたもののまだまだだったようでまだいきまないでと言われました。しかし痛みはかなり強くなってきており、だんだんと辛い状態になっていきました。
赤ちゃんがスムーズに降りてくるように四つん這いになったりポーズを変えるように言われるのですけど、そうするとめちゃくちゃ痛くてつい体がひけてしまうんです。きっと降りてきてるから痛いんだと思うんですけど辛くて、かといって自分が楽な体制を取ると降りてきにくいみたいだし、この辺でようやく「陣痛舐めてたな…」と思いました。
陣痛の痛みって色々例えられますけど私が感じたのは、通らないものを無理矢理通そうとしている痛みそのままです。そりゃこの骨盤をグイグイ開いて降りて来てるんだから痛いよなぁ…というような物理的には理解できる痛みでした。
しかし痛みは想像以上で気付けば泣き叫んでいましたし、さするのが下手な主人を突き飛ばしていましたね。助産師さんはさすがプロ!でピンポイントで苦しいポイントをさすって下さいました。

⑧思いも寄らなかった帝王切開に

今思えば私は多少意地になっていたかもしれません。難産になりたくないし下から産みたいので体重管理も気をつけて、マッサージも頑張って、自分は絶対自然分娩できると思っていました。
理由は高齢出産だったのですぐに年子で二人目が欲しいと思っていたからです。その為に妊娠中は色々な事に気をつけたつもりでした。そして帝王切開を少し匂わせる助産師さんに対してはできれば下から産みたいと懇願し、赤ちゃんの心拍数が下がらないようどれだけ苦しくても呼吸法だけは乱れないように気をつけていました。
しかしとうとう赤ちゃんの心拍数が下がってきてしまい、同時に先生がやってきて「赤ちゃんが苦しがってるので帝王切開にしますね」と言いました。
今だから言えますが実は頭が真っ白になった瞬間でした。絶対に下から産めると思い込んでいたし勝手に頭の中で二人目出産の計画も立てていたし、体重管理だってあれだけ気をつけたのにどうして?頑張ったのにどうして?という思いで涙が溢れてきてしまいました。
そんな私を見て主人は「もういいから。頑張ったから」と言いました。その後は急スピードで手術の同意書にサインしたり術前検査の為に採血をしたりと慌ただしく進んでいきましたが、陣痛もかなり強くなっていた為相変わらず悲鳴を上げながらでしたし死ぬほど痛かったですね。
一番辛いと思ったのが尿管を入れる時なんですけど、入れる痛みと陣痛の痛みが重なって凄まじく、私は暴れてしまいました。そんな私を見て看護師さんは「痛くないですよ〜」となだめてくれましたが心の中では「痛いわ!」と叫んでました。

⑨そして手術室で赤ちゃんの誕生!


そしてすぐに移動ベッドで手術室に運ばれてます。この時はもう陣痛の痛みと帝王切開になるショックで涙ダラダラでした。そして少しやさぐれた気持ちでした。
手術室は沢山のスタッフさんがおり、私の場合は赤ちゃんの心臓に所見があったので、小児科の先生も立ち会ってくれていたようです。麻酔科の先生が麻酔を打つとさっきまでの陣痛が嘘のようになくなり楽になりましたが、気持ちは落ち込んだままでした。
そんな私を見て、付き添いの助産師さんは手を握って下さり「赤ちゃん元気ですからね。大丈夫ですからね〜」と笑顔で励まして下さいました。この助産師さんにはとても心が救われた気持ちがしました。
そして手術開始から何分たったのでしょうか?とうとう赤ちゃんがお腹から出てきて、すぐに元気な産声が聞こえてきました。さっきの助産師さんが赤ちゃんを横に連れてきて「大き〜い!元気な女の子ですよ」と言って一緒に写真を撮ってくれました。
この瞬間、さっきまで悔しさやショックで流れていた涙は喜びと感動の涙に変わりました。心の奥底からホッとして、あぁ良かったという気持ちでいっぱいになりました。すぐに赤ちゃんは心臓エコーを受ける事に決まっていたのでまだ安心はできなかったのですが、元気な産声と姿は私に希望を与えてくれました。
すぐに赤ちゃんは連れて行かれ、私は傷口を縫う処置に入りました。まだ手術中とはいえ赤ちゃんは無事産まれたのでなんとなく緊迫感は抜けていて、傷を縫って下さっている主治医の先生に対して感謝の気持ちを覚えると共に、「あ〜これでもう妊娠中の体重管理からも解放されるんだな〜。好きなもの食べられるな〜」なんてのんきな事を考える余裕まで出てきていました。

⑩最後に思うこと

傷を縫う処置も終わり個室に戻ると主人がいました。私はまだ麻酔が切れていなくあまり体を動かせない状況でしたが、興奮してハイテンションでした。検査の結果赤ちゃんには結局何も問題はなく、それを聞いてようやく本当に安心する事ができました。
思い描いていた出産とは少し違いましたが、元気な赤ちゃんの顔を見たらもう帝王切開を後悔する気持ちは全くなく、逆に自然分娩にすごくこだわっていたけど赤ちゃんにとって一番ベストな選択ができた自分を誇らしいとさえ思いました。
妊娠経過も人それぞれですが、お産も本当に人それぞれです。しかしママにとって忘れられない最大の出来事になるという点だけは誰にとっても同じだと思います。
いつか娘が大きくなったら、どれだけ私があなたが来るのを待ちわびていて、喜びも不安も混じったソワソワした気持ちで妊娠生活を送り、産まれてきてくれた瞬間にどれだけ感動と感謝をしたかを話せる時が来るといいななんて思っています。

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