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ひな祭りの歌の意味は?

#ひな祭りと言えば日本の年中行事のひとつであり、日本人であればほとんど知らない人はいないと思います。
私がひな祭りの主役となることはなかったが、レクリエーションのひとつとして企画・立案した経験がある
そうするとみんな楽しそうに歌を歌い、用意されているひなあられやお茶を飲食して楽しまれているのをほほえましく見たものである

おそらくほとんどの人が似たような経験をしているものと想像する
ところがその明るく、楽しいひな祭りのイメージとは異なり、ひな祭りの歌には恐ろしい意味が込められているとする意見もある
それを紹介したい

#では改めて歌詞を見てみよう

作詞:サトウハチロー
作曲:河村直則(河村光陽)
嬉しい雛まつり

一、灯りをつけましょ ぼんぼりに
  お花をあげましょ 桃の花
  五人囃子の笛太鼓
  今日は楽しいひな祭り

二、お内裏様とお雛様
  二人並んで すまし顔
  お嫁にいらした 姉さまに
  よく似た官女の 白い顔

三、金の屏風に うつる灯を
  かすかにゆする 春の風
  少し白酒 召されたか
  赤いお顔の 右大臣

四、着物をきかえて 帯締めて
  今日は私も 晴れ姿
  春のやよいの この良き日
  なによりうれしい ひな祭り

(上記の歌詞は「日本文化研究ブログ Japan Culture Lab」[https://jpnculture.net/]様より引用し、適宜改めました)

以上が歌詞の全文だが、どうでしょうか?
この記事を書くにあたって改めて歌詞を眺めてみましたが、まず四番まであったことを思い出しました。
私の中には断片的な記憶しかなく、それぞれの歌詞のフレーズがこんがらがっていたことに気づかされたんです。
私の記憶は置いといて、歌詞を見てみても恐ろしいとか不気味だという印象は受けません。
今にも、あたたかい陽気の中、立派な雛壇を背景にはしゃぐ子供たちの姿が思い浮かんでくるかのようです。
引用元のブログでは二番の歌詞に注目して、次のような解釈を紹介しています。
私なりにまとめた文章で紹介したいと思います。

作詞者のサトウハチロー氏にはお姉様がいた
彼女は結核により他界されており、そのなくなったお姉様のイメージがひな祭りの歌全体に不気味な影を落としていると言えるのではないか

確かに言われてみればそうである
また、白い顔が結核の症状の結果だという解釈もできる、とも上記ブログでは述べられている

#サトウハチロー氏の背景より「怖さ」を読み取ることができるというのは私にとって新鮮なものを感じた
それとは少し違った角度で私の意見ものべておきたい
日本には「雛流し」と言ってひな祭りを終えたあと、人形を川や海に流す風習があることが知られている
人形とはすなわち「人の形」つまり人の代理であるという考え方ができる
ここから東北地方では幽冥婚という死語の婚姻を人形を使って行う風習が存在する
さて話を戻すが、民俗学の考え方で川や海は異界を意味するというものがある
異界である川や海に流されていく人の身代わりである人形たちという構図からはいろんな想像が書き立てられる
例えば生け贄の風習だったり、望まない婚姻関係を強要され、他人の家に嫁いでいく子供たち…
人形というものにはいろんな怪談がついてまわり、毎年夏になると恒例の心霊特集などでいくつも紹介されている
雛人形は多くの家に置いてあり、精巧なものになると人間そのものと言ってよいほどの見事なものも存在し、文化財の指定を受けていたりする
しかし彼らはひな祭りの時期というほんの一瞬だけ日のもとにでてきてあとのほとんどは倉などにしまわれているのである
ほとんど日の目を見ないという意味でもいささか不気味なイメージが付帯されるというものである
私が思うにひな祭りの歌に付きまとう不気味さがあるとすれば、こうした人形たちがもっているイメージが元にあるのではないかと思う
なぜならひな祭りの歌はいやでも人形たちの存在を想起するからだ

#以上自説も交えて話してきた
歌詞自体は上でも述べたように楽しいひな祭りをお祝いする明るいもので、単体で見れば決して不気味で恐ろしいものではない
事実私が参加していたレクリエーションでも暗い顔をしたり、ひな祭りの歌を聞いて震え上がるような人は一人としていなかった
私事ではあるが、年の近い女の子が近所に住んでいた
その子の家に雛壇を置くスペースがなかったので私の家でひな祭りが催されていた
もう何年も昔のことである
当時の私の家の座敷は襖をはずすことで広く使えるようになっていたのである
そのおかげで、本来は参加することのないひな祭りに私も参加する機会を得ることができたのである
文字通り「嬉しいひな祭り」と呼べるもので、私も楽しい思いをすることができた
歌というものは長い歴史の中でいろんな人が聞いて、それぞれがそれぞれの思いを反映させるものである
ヤーボル・ラースロー作詞、シェレシュ・レジェー作曲の、聞いたら死ぬという都市伝説で有名な「暗い日曜日」などその好例だろう(もちろんあくまで都市伝説で、聞いても死ぬことはない。それは今私が生きて記事を書いていることで証明されている。それどころかよく知られているフランス語版の曲はとても美しい響きでむしろ何度でも聞きたくなる)

#ながながと文字を連ねてきたがそろそろまとめたい
ひな祭りの歌は本来、文字通り「嬉しいひな祭り」の日をお祝いするための歌である
歌詞もきらびやかな雛壇とそれを飾り付けるひとが目の前に浮かぶようなものになっている
だから文字通り楽しく歌を歌い、お祝いするのがよい
しかし作詞者の背景や曲調、日本の風習と絡めて見れば、不気味で恐ろしい意味をもたせることもできる
令和最初のひな祭りは、ひな祭りの歌の歌詞通り、雛壇をきらびやかに飾り付け、みんなでひなあられやお茶を味わいながら歌を歌う一方で、そう言う不気味で怖い意味にも思いを巡らせてみるのもよいだろう