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僕のいた時間 | 三浦春馬さん出演のドラマ。あらすじや全話配信で見る方法

三浦春馬さん出演のドラマ、「僕のいた時間」あらすじ

大学4年生の澤田拓人(三浦春馬)は同じ大学の女性本郷 恵(多部未華子)と就職活動中に出会って恋に落ちます。
幸せな2人でしたが、ある日突然拓人の体に異変が起きます。兆候は些細なことからでした。

自転車にまたがるときに足が上がりにくいとか、指先が震えるとか、つまづきやすくなるとか。
決定的だったのは、転んだ際に起き上がれなくなってしまったことです。

検査の結果、拓人は筋萎縮性側索硬化症と診断されます。
筋萎縮性側索硬化症は全身の筋力が最終的には数年以内に死に至る難病です。
今なお有効な治療法は確立されていません。

突然降りかかった不幸の前に、絶望する拓人。周囲が懸命に励ますも、自暴自棄になり、前向きになったと思えば、また絶望します。
死への恐怖や不安の中で、それでも周囲の優しい人達とともに賢明にもがく拓人。視聴者に人生への向き合い方を問いかける作品に仕上がっています。
また、本作品はヒットドラマ「ラスト・シンデレラ」の撮影中に、三浦春馬さん自らが、「命の重さや、死に向き合う作品をつくりたい」と提案・企画したものです。一役者として誰かが考えた作品に参加したのではありません。三浦春馬さん自身が出発点から関わっています。だからこそ、訴えたいメッセージ、三浦春馬さん自身の意志、考えなどが強く反映され訴えかけてきます。

三浦春馬さん出演のドラマ、「僕のいた時間」、三浦春馬さんの役どころ

三浦春馬さんは主人の公澤田拓人(22)を演じます。
両親に敷かれたレールにのって父親と同じ医者になるべく、高校時代は医学部を目指していたが学業の面で挫折します。
挫折を抱えたまま何気ない日々を過ごし、大学四年、社会人一年目と進む中で突然筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症してしまいます。
平凡な青年が突然の難病の宣告に絶望し、恐怖や不安に苦しみながら、それでも人生に対して希望を見出していく様を演じ切ります。恋人や家族への向き合い方や苦悩をとてもリアルに表現した名演技です。
ちなみに恋人役のヒロインには多部未華子、大学の先輩役には斎藤工が起用されていてキャストが豪華で、作品の魅力の一つとなっています。

三浦春馬さん出演のドラマ、「僕のいた時間」見所

命の尊さを教えてくれること

やはり、命の大切さを教えてくれることが上げられます。私たちは明日がやってくることを何の疑いもなく信じています。心配しだしたらキリがないし、日々の忙しさで死について考える余裕もありません。しかし、実際には明日がやってくる保障なんてどこにもないのです。それを忘れていると、いざ死が目前に迫ったときに、こんな人生でよかったのだろうかと後悔してしまいます。この作品では、平凡な拓人がある日突然死に至る病を宣告され、日常が崩壊していきます。今まで当たり前のように出来ていたことがどんどん出来なくなっていって、階段を一段一段上がるみたいに、着実に死に近づいていきます。視聴者はそんな拓人の姿に自らの人生を重ねあわせて「自分もいつ何時、死ぬとも限らない。明日は保障されたものではない。」と、死を意識して自分の生き方を見直すことになります。大事なものほどなくしてから気づくといいますよね。

人の孤独と、その先にある繋がりの価値を思い出す

二つ目の見所は、この作品の訴える人間の孤独と、その先にあるつながりを教えてくれることです。死や病というのは、命の尊さを伝えると同時に人間の孤独も思い知らされます。なぜかというと、病の苦痛を感じるのは本人だけであり、死への恐怖と立ち向かうのも本人だからです。ALSの苦しみに向き合えるのは本人だけなのです。誰もかわってくれない。どれだけかわりたいと願ってくれる人がいたとしても、それは不可能なのです。
この作品では三浦春馬さんの意向である、「ドラマティックではない、平凡な日常と死がテーマの作品にしたい」をよく反映しています。
それゆえか、拓人は決して強くない普通の青年です。僧侶のように悟ってもいないし、マンガの主人公みたいな無鉄砲な勇気も、底なしの楽観主義も持ちあわせていなのです。だから、目の前の病と死に対して激しく苦悩します。特にALSは進行性の病であり、徐々に体が動かなくなっていきます。着実に体を蝕まれ、しかも具体的な形をとって立ち現れるのです。止まってくれない時計と針と、じりじりと侵食する病に、悩み、苦しみ、ときに周囲の人を突き放しもします。
そうやって、自らの孤独な戦いに耐えかね、周囲を突き放すことで更に孤立していくのです。
それでも、最後には。。。と、ネタバレになってしまうので、ここまでにしておきますが、本作品の魅力は、あくまで平々凡々とした拓人が苦悩するそのリアリティと孤独、そして孤独の先にある人の根源的な繋がりへの希求、人の温かみを求める心に触れられることです。

三浦春馬さん出演のドラマ、「僕のいた時間」三浦春馬さんの名言、名シーン

本作の名言は沢山あるのですが、私が一番感動したセルフをここに載せさせて頂きます。

「死ぬのが怖いんじゃない。生きることが怖いんだ。」

ドラマの終盤で、人工呼吸器をつけなければ生きられないほどに病が進行した拓人が、恋人の本郷恵に涙に震える声で言ったセリフです。

え?死ぬのが怖いんじゃないの?
セリフだけ抜き出すと意味不明ですが、物語の文脈に合わさると腑に落ちます。

「生きるのって大変だよね。」というメッセージ

拓人は不治の病に冒されていて、死へとどんどん近づいています。不安、恐怖、絶望、阿鼻叫喚の地獄の中で懊悩するのが拓人です。
生きている限り、そういう地獄を味わい続けなければならない。生きることはつまり、そういうマイナスな感情と向き合い続けることです。拓人は死んでしまえば、その苦しみを回避出来るんじゃないかと考えたわけです。
死より、今生きることの方がつらい。でも生きたい。生きたい。生きたいと思うことはやめられない。だから死ぬわけにはいかない。分かってる。しかしだ。しかし、生きることはあまりにも恐ろしい。そういう矛盾した生への渇望と、苦しみからの回避の希求、2つの感情のせめぎ合いが克明に現れたセリフなのです。
これって、縮尺を変えたら私たちの生活に当てはまるんですよね。なぜなら、私たちも辛いことがある中で生きようともがいてるからです。
私たちは生きている限り、苦しみから逃れることはできません。人生に疲れ果て、もはや死にたいと思う夜がやってくることもある。生きることって過酷ですから。そういう自分に対して、「無理もないよ」という許しや共感を得られます。あるいは自分の中に「生きることへの恐怖」があることを発見できます。「ああそうか、私、生きるのが怖かったんだ。」怖がっていたことを自覚できると、少し楽になります。
以上セリフの一つ目の魅力でした。

今を生きることから逃げてませんか?

拓人はこのセリフを口にしたときに、自分が未来の死を恐れることで今を犠牲にしていたと気づきます。
未来の死を恐れているようでいましたが、本当は今この瞬間を生きることを恐れていたのです。
生きることに伴う、「死への恐怖」から逃げていたのです。

すなわち「未来の出来事が生み出す感情に振り回されて、今を生きることができていない」ことに気づいたのです。
死という事実はただそこにあるだけです。その死から生み出される恐怖に対して拓人は苦しんでいました。
でも、未来の死と今この瞬間って別ですよね。今を生きる勇気を持った方が、この瞬間を幸せに生きることができます。不幸を歎くだけでは決して手に入らない幸福が目の前に展開されるのです。もちろん、並大抵ではない勇気がいりますが。
死は極端ですが、置き換えれば私たちの日常にも似た点があります。たとえば、「失敗」が怖くて挑戦できないこと。失敗はただそこにあるだけです。失敗から生み出される「今の恐怖」に負けて、今挑戦できない自分がいるのです。
「今を生きると腹をくくれば、恐怖に押しつぶされるより幸福な今が待っている。だから、未来を恐れるのではなく、恐れない勇気を歯を食いしばって持って、今を楽しくすることに全力でいよう。」
そういうメッセージが、このシーンに込められています。

失敗から逃げているのではなく、今この瞬間挑戦することから逃げているのです。

拓人は、自らが逃避しようとしていたのは死ではなく生きることであったと気づくのです。苦しみを抱えた今と向き合えていないのだと。今から逃げ出して、未来の死ばかりを見て怖い怖いと言っていた自分を認識したのです。

5まとめ
 いかがだったでしょうか。三浦春馬さんが全身全霊をかけて挑んだ「僕のいた時間」。主人公が突然死に直面し、自分の人生と真剣に向き合う姿に、私たちも自身の生きる姿勢について考えさせられるとてもいい作品です。ぜひご覧くださいませ。